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トルクメニスタン旅行(3日目-2:クフナ・ウルゲンチ1)

国境を越えて、最初の観光はクフナ・ウルゲンチ
世界遺産に登録されています。
「クフナ」とは古いという意味で、「旧ウルゲンチ」とも呼ばれるそうです。

クフナ・ウルゲンチは、11~14世紀、ホラズム王国の首都でした。
12~13世紀が黄金期だったそうです。
1221年、チンギス・ハン率いるモンゴル軍により、街は崩壊される。
そういえば、モンゴル帝国はその50年後には日本に勢力を拡大しようと
するんだよなぁ・・・。
かなり広大な土地を制圧したのか・・・。
その後、14世紀にティムールにも襲われます。

計7回の破壊と復興を繰り返した後、17世紀にアムダリヤ川の流れが
変わったことから、都を放棄。
現在のウズベキスタン内にある、ウルゲンチに都を移しました。

まず最初は、14世紀に建立されたとされる、トレベク・ハニム廟。
トレベク・ハニムとは、クトゥルグ・ティムールの妃です。
妃の死後に霊廟とされました。

屋根部分を見ると、二重構造になっているのが分かります。
14世紀にティムール軍(クトゥルグ・ティムールではなく、モンゴル系のほう)が
破壊したとされているそうです。

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中に入ると、立派な扉。
そして、上を見上げると繊細な装飾。

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内部ドームに入り、上を見上げます。
屋根には365日を表わす、365の星が描かれています。
その下に24の窓がありますが、24時間を示しているそうです。
開いている窓が昼、閉じている窓が夜を示しているとのこと。
さらに下には12枚のアーチがあり、12カ月を示しています。
最後の大きな4つの窓は四季を表わしているそうです。

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奥に王妃が眠っているとされる場所。
特に女性が礼拝しに来るそうで、ヘアピンなどを置き、子授けを願いに来るそうです。

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壁をみると、たくさんの落書きと思われるものがあります。
これは、2人の名前を書くことで、その愛が永遠に続くと言われているそうです。

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四季を表わす窓ですが、正方形と、45度傾けた正方形を重ね合わせた星形の
模様が刻まれています。
これはイスラム圏でよく用いられている図形で、トルクメニスタンの国章にも使われています。

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次に向かうのは、クトゥルグ・ティムール・ミナレット。
11~12世紀に建立されたそうです。
ミナレットとは、モスクやマドラサなどのイスラム教の宗教施設に付随する塔で、
ここのミナレットも大モスクに付属していたとのこと。
中央アジアで一番高いミナレットで、建立当時は65m、現在は62mの高さ。

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(行きは逆光だったため、帰りの写真・・・)

実はちょっと上の方が傾いています。

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入口は地上から高さ7mのところにあります。
当時は高台のモスクとミナレットの入り口がつながっていたそうです。

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なお、このミナレットを反時計回りに3回回ると願いがかなうそうです。

近くには当時からも使われている水汲み場があります。

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さらに奥に進んでいきます。
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トルクメニスタン旅行(3日目-1:ウズベキスタン→トルクメニスタン国境越え)

朝15分ほど早く出て、ホテルの周りを散歩していました。
時刻は6:50くらい。
かなり日が昇っており、日差しが強くなり始めています。

下の写真のような、1階はお店、その上が居住スペースという4階建ての
建物が多くみられました。

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カラカルパクスタン共和国の人口は約180万人で、うち首都ヌクスの人口が約30万人。
若者の割合が非常に大きく、35歳未満が50%強を占める人口構成に
なっているそうです。

人口規模と土地の広さから、あまり高層の居住スペースは必要なく、
3階から4階建てのマンションが多いとのこと。

ちなみに、ウズベキスタンでは(イスラム教では?)末っ子が実家に残り、
両親の面倒を見るそうです。
遺産は末っ子が多くもらうとのこと。

ホテル前の道を進み、通りに出ます。

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交差点のところに、広場と大きな施設がありました。

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ホテルのある通りを撮影。

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2~3分ほど大通りを歩いてみます。
ちらほら、私も知っているような名前のお店が見られました。

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ホテルのある通りに戻り、ホテルの少し先まで歩いてみました。
民家が立ち並んでいます。
まだ朝早い為、歩行者はほとんどおりませんでした。

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本日は、ウズベキスタンからトルクメニスタンへ、陸路で国境越えです。
陸路でしか国境を越える手段はありませんが・・・。
ホテルから40分ほどで国境に到着します。

話題は変わりますが、中央アジアが舞台となっている、「乙嫁語り」という漫画があります。
作者は森薫という方で、この作品をきっかけに「中央アジア+日本」というイラストを描き、
2015年に安倍首相が中央アジアに訪れる際の公式キャラクターになったそうです。
公用機にも描かれたそうです。
文献

というわけで、国境越え。
まずはウズベキスタン出国。
ウズベキスタン側は特に面倒なことはありませんでした。
全ての手荷物の検査と、医薬品を持っているかどうかの質問に答えるだけ。
薬を持っている場合は、係員に現物を見せる。
トルクメニスタンは「トラマドール」という薬または含有している薬の持ち込みは
禁止されています。
ウズベキスタン側では、特に医薬品の持ち込みに関する制限は
なかったかと思います。

そのまま出国審査。
トルクメニスタン側で時間がかかる(個人で通る分にはそんなにかからないはず)ので、
途中でトイレ休憩。
ここもトイレ事情はかなり悪く、拭いた後の紙が無造作にゴミ箱に捨ててありました・・・。
ちなみに男女共用です。

ゲートを出て、次にトルクメニスタン入国。
まず検温。何か37.0℃とか表示されているのですが・・・。
とりあえず、ちょっと高め、と回答しておきました。

次に指紋登録と顔写真撮影。
手荷物をすべて検査。
税申告書を提出。
そして、手荷物のオープンチェック。
私がグループの先頭で検査に入ります・・・。

係員がパスポートの番号と名前を手書きで記録。
どこから来たのか?と聞かれたので、日本と答える。
そして、隣にある机に荷物をオープンにした状態にするよう、指示される。

添乗員さんの事前の話では、形式上行っているもので、
何か没収されたりはしない、とのことでした。
どちらかというと、係員の興味で質問されるらしい・・・。
しかし、前のウズベク人だか、トルクメン人だかは、がっつり荷物が開けられ、
そして小袋も開けられ、最後は無造作に仕舞われる様子を見ていたので、
少々心配ではありました。

荷物チェック開始。
4人がかりで行います。
まず医薬品は持っていないか?と聞かれました。
私は皮膚の塗り薬を持っていたので、出そうとしたら、OK!OK!と言われ、
特に何も出す必要がありませんでした。
続いて、武器は持っているか?と聞かれたので、無いと回答。
1、2分でチェックは完了し、解放されました。

次に嫁の番。
ゼリーと水筒について、これは何か?と質問されていました。
こちらも何事もなく終了。

他の方の状況も聞いてみると、主に食べ物系の食いつきがよかったらしいw
そして、後半になると飽きてきたのか、ほとんどチェックされずに終わる
ケースもあったそうです。

待っている間、私はトイレに行くことにしました。
こちらは男女別々でした。
水は流れるものと流れないものがありました。

こんな感じで入国完了!

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トルクメニスタン旅行(2日目-4:ミズダハン廟)

3時間ほどでヌクスに戻ります。
日程に含まれていなかった、ミズダハン廟に立ち寄ることになりました。
ミズダハン廟は、中央アジア最古の墓地だそうです。

ミズダハンとは、紀元前4世紀から14世紀にゾロアスター教徒が
住んでいた街だそうです。
ゾロアスター教とは、「古代ペルシアを起源の地とする善悪二元論的な宗教」で、
火、水、空気、土を神聖なものとしているそうです。(参考文献
教徒数は減少の一方。
教徒になるには、両親または父親がゾロアスター教徒であることが条件。
それは減りますわなぁ・・・。

ミズダハンは、ホラズム王国で2番目の大きさだったそうです。
ホラズム王国とは、モンゴル帝国によって滅ぼされるまでに、中央アジアから
イラン高原に至る広大な領域支配を達成したイスラム王朝なのだそうです。
年代としては、1077年から1231年。(参考文献

最後は、14世紀にティムールに破壊されたが、その後も聖地として
霊廟が建立・再建されているそうです。
イスラム教徒は聖人の墓の近くに埋葬を希望する人も多く、現在でもミズダハン廟に
墓を建てる人がいらっしゃいます。

中に入っていきます。
第2次世界大戦前後で亡くなった方から、昨年末に亡くなった方まで、
様々な方が埋葬されています。

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小高い丘まで登っていきます。

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奥を見ると、城跡があります。少し城壁が残っています。

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次に廟の中心にある建物。
調査の結果、誰かの墓ではなかったそうです。
丘から降りた際に中に入りましたが、やたら長い棺桶?と思われるものがあるのみ。

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次に、すべてが崩れると世界が終わると言われる最古の墓の壁があります。
その壁が崩れないように、と、霊廟に来るときに、煉瓦を6、7段積んでいくそうです。
壁自体はミズダハンにあるのか、想像上のものなのかはよく分かりませんでしたが。。
下記文献を読んでみると、アダムの墓がミズダハンにあるという・・・。
参考文献1(英語))(参考文献2(英語)
この壁は、「世界の時計」と呼ばれているそうです。

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丘の上にあるのは、ジョルマット・カッサブの墓。
ジョルマット・カッサブは肉屋だったのですが、肉を皆に振舞い、
飢餓を救ったことで聖人化されたそうです。

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一通り解説を聴き、丘から辺りを見渡します。

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丘から降りていきます。
たくさんの墓がありますが、カラカルパクスタンでは、お墓の上に
亡くなった人のお棺を運んだ梯子みたいなもの(名前が分からない・・・)も
残していくそうです。

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マズルムハン・スルという、ミズダハンの王の娘の廟に入っていきます。
マズルムハン・スルの悲劇の恋に関する文献がありました。(→文献(英語)
(ガイドさんの話をメモしきれなかった。。)

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ドアの装飾が非常に繊細です。

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美しい青いタイルがあります。

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天井も青い美しい装飾になっています。

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姫と恋人の墓と思われるもの。

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入口に向かっていきます。

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観光が終了し、レストランに向かいます。
車窓を眺めていると、アムダリア川を通過しました。
だいぶ干上がっています・・・。

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街中に入り、まさかのプレステ4の看板。
一体、この町の発展度は・・・。
携帯は1人1台所持という普及率だそうです。

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レストランNEOで夕食。
サラダ、ボルシチ、牛肉のライス、メロン&スイカ。

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8/11(2日目)はこれにて終了!
雷雨には見舞われませんでした!

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トルクメニスタン旅行(2日目-3:アラル海と船の墓場)

レストラン近くにアラル海のモニュメントと船の墓場があります。
モニュメントには、アラル海縮小前の様子と現在の様子が描かれています。

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そして、崖を見下ろすと、船の墓場。
かつて漁でしようされておりましたが、完全に放棄された状態で残されています。
完全に鉄くずのようになっています。

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かつては、モニュメントがあった高さまで水位がありました。
崖の高さ(砂漠とモニュメントの高さ差)は約25mとのこと。
そして、モニュメントから現在のアラル海までの距離は、約160kmあるそうです。
現地ツアーとして、4WDでアラル海沿岸まで行って、そこでキャンプ泊を
するツアーもあるみたいです。

かつての海底に降りていきます。
足元に気を付けながら、船に登ってもOKです。

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崖の上に戻り、アラル海に関する解説を読んでいました。
当時の様子を示す写真。

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アラル海の変化を示す地図。
ソ連のモノカルチャー政策の影響も大きいですが、近年は地球温暖化による
影響もあるそうです。
アラル海の縮小により塩分濃度が上がり、塩の風が吹き付けたそうです。
これにより、糖尿病や心不全と言った病気が蔓延したとのこと。
現在のアラル海では、死海のように体が浮き、人気写真ポーズのような
雑誌を読む態勢がとれるそうです。

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なお、現在ではカザフスタン側にある小アラル海は、少しずつ復活しているようです。
一方のカザフスタン・ウズベキスタン側の大アラル海は、復活を目指していないようです。
かつての湖底からは天然ガスが採掘でき、採掘会社が次々と進出しているとのこと。
参考文献

観光が終了し、ヌクスに戻ります。
途中、缶詰工場跡を通過。

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ロシアの労働者も来ており、2階建てのアパートに住んでいたそうです。
下の写真はそのアパートです。

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ムイナク入口の看板で写真ストップ。
入口側と出口側。

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トルクメニスタン旅行(2日目-2:ムイナク観光)

ムイナクは、かつて世界で4番目の広さだったアラル海(琵琶湖の約100倍、
北海道の8割)の湖畔に位置する町です。
漁業が盛んで、缶詰工場がありました。
たくさんの種類の魚が捕れたことから、さまざまな缶詰が生産されました。
労働者は約1万人。

しかし、綿花生産のための灌漑用水を確保するために、アムダリヤ川から
水を大量に引いたため、アラル海に流れる水の量が大幅に減った。
アラル海はだんだんと縮小していき、水辺がムイナクから150km以上も後退。
1日で1kmも後退し、船を水辺まで担いだときもあったとか。

魚が捕れなくなったため、ソ連は凍った魚を輸入し、缶詰工場を稼働させる。
ウズベキスタンは2つの国を超えないと海に行けないような位置にありますので、
凍った魚の状態で輸入する必要がありました。
ソ連が崩壊したことで、魚の輸入はストップ。
工場も稼働できないため、1万人の労働者は失業。

現在はだいぶ寂れた街となってしまいました。

最初の観光スポットは、ムイナク博物館。
8/31がウズベキスタンの独立記念日ということで、修復工事をやったり、
記念日のセレモニーに向けた準備などが行われていました。

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しかし、博物館の責任者が外出しているということで、外で待ち・・・。
さすが田舎の町の自由さ!という感じです・・・。
20分ほど待って入館。

博物館内は写真撮影OKという、日本ではあまり見られない運営です。
しかし、撮影料が必要。
本来は現地通貨の「スム」で支払う必要がありますが、
ガイドさんがスムで支払い、それをUSドルに変換してUSドルで支払うという形。
そのお値段なんと5ドル!!
一見そんなに規模が大きくないのに、そんなに取るのか?!
そしたら、どうも2か月前が今回の添乗員さんが来られた際、1ドルだった、
ということで、交渉が行われ、2ドルになりました。
カメラを直で持ち込んだため、2ドル支払い、館内を撮影してきました・・・。
(後から、自己申告で撮影していないといえば、支払わなくてよかったことを知りました・・・。)

まずは、アラル海縮小の歴史を伝えるムービーを鑑賞し、展示物を見学。
2階建て構造で、1階は当時使われていた漁業用具、アクセサリ、服の展示と
アラル海の縮小の様子を伝える資料の展示が行われていました。

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2階は画家が描いたアラル海の絵を展示していました。

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道路を挟んだ外には、当時使われていた船が展示されていました。

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昼食は近くのカフェ マヤックというレストランにて。

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ゲルの中で食事となります。

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カラカルパクスタン産のビール。

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メニューは、牛肉のスープ、ナン、マンティ(水餃子)、スイカ!

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トイレはありますが、水が流れないなど、あまり事情はよろしくないです。

昼食後、次の観光スポットに向かいます。

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プロフィール

kero-pi

Author:kero-pi
30代に突入した技術者。
趣味は旅行、駅ハイ。

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