飛騨へ

5/26~5/28まで、飛騨市に住んでいる従妹の結婚式に行ってきました!
会場は高山市美術館。
高山は数年前に白川郷に行って以来か。

そして、飛騨市と言えば・・・「君の名は。」の聖地。
せっかく行くので、ついでに聖地を回ってくるか?!

そんなわけで、朝早くの新宿発のバスに乗り込み、回ってきました。

5/27が結婚式でした。
10年間付き合っていたということで、すごいなぁ、という思いでした。
(諸事情があって、ここまで伸びてしまったそうです。)

5/28も時間があったので、聖地を巡る。
渋滞がひどく、そのまま帰る予定でしたが、一旦実家に行くことにしました。
その後、電車で帰宅。

この記事を投稿したのは6/1ですが、今週は本当に寝不足できつかったです。
弟の・・・いびきが・・・orz
初日と2日目は、たぶん3時間くらいしかまともに寝ていない。
一旦気になると、なかなか寝付けないですよね。。
しかも、こればかりは本人にもなかなか言えないですし。。

という結婚式と聖地めぐりのどっちがついでなのかはよく分からなくなってしまいましたが、
記事はこちらでございます。
(引き出物をもらってくることを完全に忘れたくらい、超軽装で行きました。。)

新宿バスタ→飛騨古川駅前
・飛騨古川 聖地めぐり
・飛騨古川散策
・結婚式とホテル、聖地めぐりの残り

ちなみに、「君の名は。」のBlu-ray(コレクターズ・エディション)は
予約済みでございます。

自然に囲まれた飛騨という土地は、私は好きですよ!
また機会があれば、訪れたいものです。
(もう一人の従妹は、名古屋に住んでいるから、結婚式は名古屋かな??
予定は未定らしいけど。。)
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テーマ : 君の名は。
ジャンル : 映画

飛騨へ(4/4)

ホテルは高山桜庵というところに2連泊。

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館内はかなりインターナショナルな感じでした。
館内土足禁止で、エレベータも畳のような床になっていました。
室内はこんな感じ↓

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弟と同室です。
夕飯は近くの居酒屋にて。

5/27に挙式。
高山市美術館で開催されました。
庭からはとても雄大な自然を眺めることができます。
披露宴は4時間半とかなり長丁場。
こちらでは、このくらいの長さで披露宴を行うそうです。

この日も夕飯は近くの居酒屋にて。
父、弟、叔父、叔母の5人で。

この2日間、観光、結婚式の時間以外は、やることがなく、
結構時間を持て余していました。
しかし!!
弟のいびきがかなり激しく、2日間寝不足気味に・・・。

ホテルでは、22:30~23:30まで、夜鳴きラーメンというものを
無料で提供してくれました。

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うます。
でも、こんな時間に喰っていたら、体重が気になる・・・。
まあ、1食くらいいいかー。

5/28は帰宅日。
計画では、朝9時くらいに出発かなーと思っていましたが、
叔母さん(従姉妹のお母さん)が飛騨牛の焼き肉店を予約してくれたということで、
昼食後に出発することに。

そのため、時間が余ってしまった。
せっかくなので、まだ行っていない聖地に行くことにした。

場所は、飛騨古川から3駅先の角川駅。
ここから徒歩約5分のところにバス停のモデルとなったスポットがあります。
11:30に集合のため、電車は・・・7:40高山発に乗らないといけない。
2時間に1本しかないため、戻りも考慮すると、朝早くに行かねばならない。

角川駅着。

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例によって、同じ場所に向かおうとしている観光客が何組か。
私の後ろを歩いているグループは、何やら地元住民に聞きながら
スポットに向かおうとしている様子。

私は事前に調べておいたので、迷うことなく現地に到着。

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バス停には、ポスターが貼られていました。
飛騨市美術館で企画展があったのですね。

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巡礼ノートもありました。
感想がびっちり書かれていました。

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さて、まだ電車の時間まで1時間ちょっとある。
どうしようか。
少しふらふらした後、角川の隣駅である、飛騨細江駅に向かうことにした。
この2日間、食い過ぎ感もあるので、運動がてら。
そして、若干交通費(180円)をケチるために。

少し歩いて地図を確認する。
・・・この調子で歩くと、電車に乗れなくね?
この電車の逃すと、また2時間近く待たねばならない。
集合時刻が決まっている以上、これは逃してはいけない。
引き返すか?
先に進むか?

引き返した方が確実でしたが、あえて先に進みました。
結果、20分ちょっと走ることになりました・・・。

何とか、発車3分前に飛騨細江駅に到着。

飛騨古川駅に到着する。
ふと見ると、2番線に到着しているではないか!
例の1日1本、普通列車が映画のシーンと同じく2番線に到着する
電車に、自分は乗っていたのか。

ということは、跨線橋は人だかりか?!

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橋が落ちそうなほど・・・というわけではありませんでしたが、
かなり観客がおりました。

高山駅に到着。
駅前をふらつくことにする。
飛騨山王宮日枝神社に行くことにした。

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一応、宮水神社のモデルとされてはいるものの、そうでもないかなぁ、
という感じでした。
古川に比べ、観光客はおりませんでした。
その宮水神社の鳥居とされるもの。

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うーん、どうなんでしょう。
高山祭のときには、非常に賑わうそうです。

飛騨山王宮日枝神社は、高山駅から徒歩約20分ほどあります。
そのため、高山陣屋に入ったり、という時間は無くなってしまいました。
古き街並みを散策しながら、集合場所に向かいます。

飛騨牛の焼き肉店。

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激ウマでした!
13:30頃、高山出発。
帰りは弟の車にて。
本当であれば私の自宅に寄ってから、弟も茨城に向かう予定でした。
しかし、あまりにも渋滞がひどく、私の自宅到着予定が22:00・・・。
圏央道を回って、一旦、土浦に行ってから、自分は電車で帰ることにしました。

テーマ : 君の名は。
ジャンル : 映画

飛騨へ(3/4)

飛騨古川祭りは、ユネスコ無形文化遺産登録が決まったそうです。
その際に使われる太鼓の試打ができました。
もちろん、お祈りの一部として、です。

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なかなか音が響きます。

瀬戸川と白壁土蔵街

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高山の奥座敷と称され、飛騨に残るもう一つの古い町並みとして知られているそうです。
(高山駅前にも、「古い町並み」があります。)
かなりの数の鯉が泳いでいました。

ふらふらと、飛騨古川さくら物産館に行ってきました。

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中ではパネル展が行われていました。

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物産館のスタッフの方と世間話しながら、パネル展を見てみる。
この土日は、JR東海の特別列車が来て、例の2番線に到着するそうです。
撮影者もかなり来るらしく、跨線橋が落ちるんじゃないかと思えてしまうくらいなのだとか。
残念ながら、私は結婚式&帰宅で、見に行くことはできませんが・・・。

組紐の体験もできるそうです。
自分は、電車の時間の関係で、ちょっと難しく・・・。

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お土産を買って、駅に向かいます。
そういえば、駅もワンシーンだったな。

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改札は、電車が来る10分くらい前から始まります。

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駅の待合室を見回すと、訪れた人がどこからきたのか、
シールを貼る世界地図がありました。
台湾が山盛りになっていました。

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16:58高山行きの電車で高山に行きました。
無事、父、弟、親戚と合流。

テーマ : ぶらり旅
ジャンル : 旅行

飛騨へ(2/4)

瀧が三葉の住む町を探すために降り立った駅とされるのが、飛騨古川駅。
早速、飛騨古川駅前のロータリーを激写。
残念ながら、タクシーは止まっておりませんでしたが。

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駅舎入口の反対側に向かおうと跨線橋を渡っていると、ちょうど電車が入線。
すでに先客がいたため、ベストアングルではありませんでしたが、撮影。
(別途、電車のいない状態は撮影しました!)

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撮影スポットには、電車の時刻と映画にまつわる周辺案内がありました。

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次に、気多若宮神社。
瀧が糸守に関する聞き込みを行った際に登場しました。

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ちょうど、来日観光客がいらっしゃいました。
ちなみに、映画にまつわる場所には、あまり日本人はおらず、
国外からの観光客の方が多かったです。

少し上ったところから、古川の街並みを撮影。

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神社でお参りしてきます。

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再び、飛騨古川駅の駅舎入口側に戻り、飛騨市図書館に向かいます。
残念ながら、本日は休館でした。

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次は、奥寺先輩が五平餅を食べている場所とされる、味処古川。
何か映画のシーンと違うような・・・と思ったら、正面左に入ったところが
そのシーンの場所だったらしいorz

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この辺り一帯、君の名は。のポスターがところどころに貼られています。

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五平餅を食べることにしました。
焼き立てうます。

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ここで古川での聖地巡礼は終了。
まだ電車の時間まであるため、他のスポットを回ることにします。

テーマ : 君の名は。
ジャンル : 映画

飛騨へ(1/4)

8:15新宿発のバスに乗り込みます。
初めての新宿バスタ。
平日朝早くにも関わらず、たくさんの乗客がおりました。

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バスタ新宿から古川駅前まで5時間半です。
しかし、バスに乗ると、すぐに渋滞のアナウンスorz
5/26まで首都高新宿線で工事が行われており、片側1車線しか通行できない。
この時点で、すでに1時間遅れほぼ確定・・・。

渋滞を抜け、中央道最初のPAに到着した時点で、40分の遅れでした。
これより遅れることもなく、早まることもなく、最終到着地に着きました。

久々の路線バス。
私の隣の席は空いていたので、かなりくつろいでいました。
バスの中では、ひたすら前前前世となんでもないや(+恋)を聞き流していました。

昼ごろに諏訪湖SA着。
まずは、糸守湖のモデルとされている諏訪湖を一望。

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11:30でしたので、昼食を調達しようとSAを散策。
・・・手ごろな弁当がない。
あるのは、おむすび&から揚げか、おむすび単品、ちょっとお高いお弁当。
うーん・・・これは悩む・・・。

おむすび1個151円で、その割に小さめなので、まず候補から外す。
うーーーーーん。
どちらにすべきか・・・。

結局、1,600円ほどのお高い弁当にしました。
どうせなら、ご当地のものを選ぶべきかな。
どーせ自分の小遣いだしー。

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じっくり味わって、美味しくいただきました!

松本インターから出ると、高山まで山岳地帯となります。
天気もころころ変わるようになり、道もカーブばかり。

諏訪湖から2時間弱で平湯温泉に到着。
かなり雨が強くなっていました。

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ここでの休憩は10分もなかったため、トイレに行くのみ。

高山市街地が近づくにつれ、天気は良くなりつつありました。
14:30に高山駅前にある濃飛バスセンターに到着。
私を除き、全員ここで下車。

引き続き、私のみ、古川駅前に向かいます。
高山駅前から30分ほどで古川駅前に到着。
こちらに到着した途端、雨が降り始めました・・・(泣)。

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聖地散策、開始です!

テーマ : 旅先での風景
ジャンル : 旅行

ICHIHARA ART×MIX2017 里山ハイキング

GW明け、新緑の季節の駅ハイは、小湊鉄道の養老渓谷駅!
とはいっても、養老渓谷には行かず、ICHIHARA ART×MIX2017
イベントに参加するコースでした。

とはいっても、私は興味があったのは数か所の作品のみでしたので、
そこのみ見学した形となりました。

天気は、前日雨でどうなるかなーという感じでしたが、
晴れ・・・とまでは行きませんでしたが、雨にはなりませんでした。

今回のコースは約13.5km。
ウォーキング時間は、10:40~16:15の約5時間半。
すべての施設に立ち寄ったこともあり、ウォーキング時間は
過去最長となりました。

今回のコースはこちら↓

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記事はこちらです。

養老渓谷駅~旧白鳥小学校・上総大久保駅
いちはらクオードの森~飯給駅

2017年度の駅ハイ記録は、
距離数:33.5km、参加コース数:3
となりました!

今年の1~3月に行われた駅ハイBINGO!イベントで、抽選に応募したら、
バームクーヘンが当たりました!!

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会津の「おらほのたまご」というお菓子です。
おいしくいただきました!

テーマ : 駅からハイキング
ジャンル : 旅行

ICHIHARA ART×MIX2017 里山ハイキング(2/2)

「白鳥公民館」から「いちはらクオードの森」間は3.5kmという、そこそこ長い
区間を歩いていく形になります。
ひたすら、新緑に囲まれながら歩いていきます。

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約1時間で、いちはらクオードの森に到着。

嫁がアート作品を鑑賞している間、施設内に入ってみました。
青々とした広場に、菖蒲が育てられていました。

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そして、チェーンソーで製作されたという木製の作品。
とても細かく、芸術です。
すごい!としか言いようがありません。

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月崎駅に到着。
駅前の「森ラジオステーション」を見学します。
ここは鑑賞券の購入が必要でした。
(結局、私が鑑賞券を購入したのはここだけになった・・・。)

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駅員の詰所をアートにしたもので、中には当時使用されていた設備と
レールサイクルが展示されていました。
また、全国の森林の音をラジオで聞けるような設備がありました。

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外観を見渡します。

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ここから先は自然路に近い場所を歩いていきます。
次のコースポイントは、素掘りのトンネル。

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前線素掘りで、将棋の駒のような形をしている「観音掘り」と呼ばれる様式なのだそうです。
素掘りということで、完全に土がむき出し状態です。
これでよく崩落しないもんなんだなぁ。

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次の素掘りのトンネルまでは自然に囲まれた道を歩きます。
一応舗装はされています。

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次の素掘りのトンネルは丸型のトンネル。

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2.0kmほど歩いて、旧里見小学校に到着。

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ここが最後のアート展示施設です。
しかし、時間も16:00近くになっており、かつ本日がイベント最終日ということで、
撤収の準備が始まっていました。

嫁が展示品を見ている間、私は屋外をふらふらする。
おむすび転がし運動会で使われたおむすび。
イベントのパンフレットでみるとどのくらいの重さなのかなーと気になっていました。
動かしてみたところ、かなり軽かった。

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旧里見小学校を後にし、ゴールに向かいます。
今回私が一番訪れてみたかったのは、森ラジオステーションでしたが、
その次に訪れたかったのは、Toilet in Nature(自然の中の大きなトイレ)。
一体どんなトイレなんだ・・・?
非常に気になっていました。

入口を見ると、「女性用」であることと、「使用後はドアを開けておく」ことが
書かれている張り紙が貼ってある。
女性用・・・?
使用されていないようなので、恐る恐る覗いてみると・・・

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・・・(°Д°)!!
まんまかいっ!!

侵入してみる。

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防音は完ぺきな模様。
しかし、男性は使用不可。
嫁に体験してもらったところ、かなり開放的だったらしい。

16:15、ゴール駅である飯給駅到着。

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電車が来るまで30分待ちました。。

テーマ : 駅からハイキング
ジャンル : 旅行

ICHIHARA ART×MIX2017 里山ハイキング(1/2)

今回のスタート駅は、小湊鉄道の養老渓谷駅。
五井駅の小湊鉄道の改札にて、ICHIHARA ART×MIX2017の
宣伝がなされていました!

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養老渓谷駅を10:40に出発!

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最初のコースポイントは宝林寺。
滝沢馬琴の南総里見八犬伝の主人公である里見伏姫のモデルと言われる、
里見種姫(ふさひめ)ゆかりの場所です。
境内に入ると、干支のお地蔵様が!

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お寺に入っていきます。

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お寺のスタッフさんがいろいろと案内をしてくれました。
何と、この宝林寺の住職は、テレビ番組「ぶっちゃけ寺」でおなじみの千葉公慈さん。

まずは閻魔大王の像。

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目が無くなっていますが、戦時中に食料として使用されたため、無くなったとか。
(どう使われたのかは分かりませんが。。)
逆に無くなったがために、余計に恐ろしさを引き出すような顔に・・・。

次は仏壇前の天井について。
升目の中に絵が描かれており、最初に八房を見つけた者が勝ち、
というゲームが、よく行われていたそうです。
ちなみに、八房の絵は端の方にあります。

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そして、里見種姫の秘仏。

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里見種姫は、大多喜城城主であった正木大太郎と結婚しましたが、
正木大太郎は1564年に合戦で戦死。
里見種姫は当時22歳。
悲しみのあまり尼僧となり、48歳でこの地で没したという。
この尼のときの姿なのだそうです。

宝林寺を後にし、アートハウスあそうばらの谷に向かいます。

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建物内でアートの展示を行っています。
ですので、入るには鑑賞券かイベントのパスポートを購入する必要がある。
私は気になるところだけ鑑賞すればいいかなーと思い、
嫁だけパスポートを購入して、見学してきました。

隣の「思い出の家」にて昼食。
まだ11:30でしたが、この先食事処があるか不明でしたので、入ることにしました。

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養老渓谷カレーにしました。

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コースは、養老渓谷駅に一旦戻り、そこから五井方面に向かっていきます。
線路沿いを歩いていきます。
5月の新緑がとてもいい感じです。

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40分ほど歩いて、旧白鳥小学校に到着。
ここでもアートの展示が行われています。

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私は市原ぞうの国のゆめ花の絵を鑑賞。

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そして、上総大久保駅にて、「森の入り口」というアートを鑑賞。
アートなのか、自然(常設)なのか・・・。

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さらに、隣駅の月崎駅方面に向かっていきます。

テーマ : 駅からハイキング
ジャンル : 旅行

ヨルダン・イスラエル旅行

今回のGWも中東へ!
2月下旬ごろから、GWの予定を考え始めました。
最初はエジプトのコースを考えていました。
しかし、エジプトは満席ばかりで、キャンセル待ちもかなり前がいました。

キャンセル待ちに賭けても仕方ないので、別のコースを考える。
今年は5/1と5/2に年休を取れれば、9連休となります。
私は5/1と5/2は勤務先カレンダー上は休日になっていました。
しかし、嫁の方は通常出勤。

いろいろと調べてみた結果、ヨルダン・イスラエル7日間のツアーが良さげ。
あとは、5/1、5/2に嫁が年休を取れるか、による。
去年も年休で大型連休にしているので、難しかったら仕方ないかなーと思って
いましたが、年休は取得できる模様。

そんな感じで、ヨルダン・イスラエルのツアーに申し込むことにしました。
外務省の危険度レベルは、アンマン、ぺトラ、エルサレムすべてで
レベル1でしたので、そんなにビクビクしながら行かなくともよさそう。
数年前はいろいろと揉めていましたが、近年はそんな話はなかったので、
行くことに決定。

今回は、死海浮遊とイスラエル訪問が主目的でした。
私はそんなに宗教とか聖書に関する深い知識は持っていませんが、
だいたい中東で揉めている問題って、根底は宗教的なものにある
と言われていますので、何か理解を深めることができたらなーという
軽い気持ちでいきました。
でも・・・話を聞いてみるとやっぱ根深いし、どう解決していくのだろう・・・?
という思いでした。

期間は4/29~5/5で、初日と最終日は飛行機内。
ですので、観光は実質5日間。

ということで、旅行記はこちら。

[4/30(2日目):入国、ネボ山観光]
ヨルダン入国
モーセ終焉の地 ネボ山
モザイク製品工場&直売店~ぺトラ宿泊

[5/1(3日目):ぺトラ遺跡観光]
ビジターセンター~エル・ハズネ
サンドボトル屋~王家の墓
ビザンチン教会~レストラン BASIN
エド・ディル~復路
夕食と夜の街並散策

[5/2(4日目):死海浮遊体験とオリーブ山観光]
ヨルダン→イスラエル国境越え
死海浮遊体験
オリーブ山

[5/3(5日目):エルサレム・ベツレヘム市内観光]
エルサレム旧市街(神殿の丘)
エルサレム旧市街(嘆きの壁)
エルサレム旧市街(ヴィア・ドロローサ)
エルサレム旧市街(聖墳墓教会)
エルサレム旧市街を抜ける
シオンの丘エリア
ベツレヘム市街散策
聖誕教会
ダビデの塔の音と光のショーとユダヤ教の文化

[5/4(6日目):エリコ・マダバ観光]
エリコ観光→イスラエル出国
聖ジョージ教会観光→帰国

ツアーで一緒になった方々と話をしていると、皆様だいぶ海外旅行をされているご様子。
なかなか日数を確保するのが難しいんですよね・・・。
中途半端に行きたくないですし・・・。

近年は「山の日」なる祝日ができたせいで、夏休みの連続日数は減っている
傾向にありますので、GWくらいしかまともに海外行けるまとまった日数を
確保できません。
来年も5/1、5/2を埋めれば9連休になりますが、どうなることやら…。

テーマ : アラブ・中東
ジャンル : 旅行

ヨルダン・イスラエル旅行(6日目-2:聖ジョージ教会)

マダバに到着し、最初は昼食。
最後は地元の人も利用するようなレストラン。
まずは前菜。

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今回はミントティーを飲んでみることにしました。

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メインは、炊き込みご飯です。

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そして、ついに最後の観光スポット、聖ジョージ教会です。

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見どころは、床一面にある、パレスチナ地方の古代地図が描かれているモザイクです。
6世紀ごろの製作されたものだそうです。
外に複製の案内図があります。

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中に入っていきます。

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そして、古代パレスチナ地方の地図。
上の湖が死海、真ん中よりやや下がエルサレムです。
聖墳墓教会や、カルドの列柱がしっかりと描かれています。
とても保存状態がよいものとなっています。

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観光が終わり、クイーンアリア国際空港に向かいます。
私はここの空港のセキュリティチェックで引っかかってしまった・・・。
どうもNintendo DSが引っかかったっぽい?
持ち物についてあれこれ質問される。
嫁は3DS持っていたけど、引っかからなかった・・・。

他のツアーのメンバーで、なぜか1人だけ、ガイド用トランシーバが
引っかかったそうで・・・。
判定の基準がよく分かりません・・・。

ヨルダンを出国し、ドバイで乗り継ぎ。
ドバイ発はAM2:40。待ち時間は5時間弱。
今回も機内ではアニメを見ながら過ごすことに。
「時をかける少女」、「秒速5センチメートル」、「言の葉の庭」の3本を鑑賞。

17:35成田到着。

テーマ : アラブ・中東
ジャンル : 旅行

ヨルダン・イスラエル旅行(6日目-1:エリコ観光)

イスラエルのお菓子のお土産として人気があるのは、
ハルヴァという胡麻を固めたお菓子です。
とても甘く、ちょっぴりカロリーを気にしないといけないお菓子です。

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イスラエルに行かれる方は、ご検討されてみてはいかがでしょうか?!
箱入りで売られています。1個当たり30円くらいです。

観光する日としては最終日になる5/4は、最初にパレスチナ自治区内にある
エリコに立ち寄ります。
エリコへの訪問はツアーの予定には入っておりませんでした。
本来であれば、オリーブ山の観光でした。
5/1のイスラエル入国がかなりスムーズにいったため、同日オリーブ山の
観光の時間を取ることができ、すでに観光を終えていました。

時間が空いたため、エリコに立ち寄るという形になりました。

その前に、エルサレム側の海抜0m地点に立ち寄ります。

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近くの砂の山には多くの横線が入っています。
これは遊牧民であるベドウィンがヒツジやヤギを連れて歩いた跡なのだそうです。

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ベドウィンは街では暮らしておらず、砂漠の中で暮らしています。
車窓からも、ベドウィンの住居群が見られました。

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彼らにも、イスラエルから住宅や生活のサポートを受ける権利はあるのですが、
自ら従来の砂漠での生活を選んだのだそうです。

エルサレムからエリコに入ります。
エリコは死海の北西部に位置します。
こちらには分離壁は存在せず、セキュリティチェックもなさそうな様子でした。
エリコは世界最古の町といわれており、紀元前8,000年にはすでに集落を
作って農業が行われていたそうです。

街中に入っていきます。
何となくひっそりとした感もなくもない。

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エリコの観光スポットの1つに、誘惑の山があります。
イエスが悪魔から誘惑を受けたといわれる場所です。

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山の中腹には、12世紀に建設されたギリシャ正教の修道院があります。
昔は山を登って訪れることになりましたが、今はロープウェイという
文明の利器がございます。

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バスから降りた時に、近くのお店から、イチジクとナツメヤシをもらいました。
かなり甘いです!

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近くにはラクダ殿もおりました。

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エリコでの観光を終えると、イスラエルを出国します。
車窓を見ていると、中途半端に建てられた家が点在していました。
イスラム教では、銀行ではお金を貸してくれないため、
お金を貯めては建築作業を再開、というのを繰り返して家を建てるそうです。

国境エリアに到着したものの、なぜか入口でバスがストップ。
私はたまたま添乗員さんの後ろの席だったので、状況を把握できました。
どうも、ヨルダン側の観光バスが、国境エリアに入ってきていないので、
我々も進めないそうだ。

次々と後ろから来る観光バスに抜かれていきます。
隣の駐車場には、イスラエルの観光バスが並んでいます。
きっとこれはヨルダン側の観光バスを待っているのだろう。
つまり・・・ヨルダン→イスラエルは激混み状態・・・?!

その間、現地ガイドさんから、ユダヤ人の定義を教えてもらいました。
生まれた子がユダヤ人かどうかは、日本の天皇家とは違い、女系で決まります。
ユダヤ人の女性から生まれるのは、必ずユダヤ人だからだそうです。

ユダヤ人でない女性から生まれた子は、ユダヤ教徒になるための
所定の課程を受けないと、ユダヤ人になれないとのこと。
ですので、現地ガイドさんは女性ですが、もとは日本人のため、
生まれた子はユダヤ人ではなくなります。

イスラエルにおいて、男性の場合は大きなデメリットはありませんが、
女性の場合は、イスラエル国内で結婚式を挙げられないというルールが
あるそうです。
そのため、海外で挙式をするパッケージツアーが充実しているそう。
でもユダヤ人であれば国内で挙式できます。

そのため、現地ガイドさんの娘さんは、ユダヤ教に改宗したそうです。
ぶっちゃけ、神など信じておらず、旦那さんもユダヤ人であるものの、
普通に豚肉を食べているのだとか・・・。
世俗派のユダヤ人は、かなり自由に生きているようです・・・。

そんな話を15分くらい聞いたところで、ヨルダン側の観光バスが
国境エリアに入ってこれたそうです。
ですので、我々も次のステップに進みます。
出国審査場まで向かいます。

しかし、出国審査場でまた待つことになります。
今度は、ヨルダン側のバスが出国審査場に来ていないことが原因です。
どうも、キング・フセイン橋が混んでいる模様。
30分ほど待ちました。

無事出国。
出国時は、ピンクのカードが発行されます。
しかも、パスポートとコンピュータによる自動出国審査。
右の出国税を支払ったレシートと出国審査のカードを持って、出国します。
特に質問等もなにもありませんでした。
ちなみに、イスラエルの出国税は54USドルでした。高い。。

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イスラエル→ヨルダンは比較的空いており、
ヨルダンの入国審査はスムーズに終えることができました。

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ヨルダン・イスラエル旅行(5日目-9:ダビデの塔でのショー)

イスラエルでは、RAMADA ROYAL WING JERUSALEM HOという
ホテルに2連泊でした。

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各部屋の入口にミズザが埋め込まれています。

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食事は朝夕ともにビュッフェスタイルです。
夕食は、肉類を中心とした料理でした。

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白ビールも飲んでみることに。

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野菜も、イスラエル産のものです。

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ここでも、なぜか中国人に割り込み行為の被害に遭うことに・・・。
そんなに急がんでも食料は十分にあるがな。。
ビュッフェの列を逆走してきた時には、こちらが先に相手の手より上側から
手を伸ばして食べ物を取ってやりました。

食事は、コシェルという、ユダヤ教の食事規定に則って、出されています。
まず、ひづめが分かれていて、反芻する動物はOKです。
そのため、牛、羊、鹿はOKですが、豚、ラクダといった動物はNGです。
次に、地を這う鳥はNGです。
ですので、ニワトリはOKですが、ダチョウはNG。

これらの食べられる肉類は、すべて血抜きをしなければなりません。
そのため、肉は固めでした。
海洋生物で、鱗のないものはNGです。
貝、イカ、タコ、エビ、ウナギはNG。

最近の研究で、ウナギには鱗があると分かったそうです。
そういうわけで、ウナギは解禁してもよいのでは?という機運が高まり、
審議されたとのこと。
各組織では容認の声が挙がっていたそう。
結果としては・・・ユダヤ教の宗教的指導者であるラビがNGの判定を
下したようで。。

そして、乳製品と肉類は一緒に食べてはいけないことになっています。
そのため、次の朝は乳製品と野菜のみで、肉類はありませんでした。

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ユダヤ教では、実は性行為の日も取り決めがなされているそうです。
女性の生理が終わった週の次の週の金曜日に性行為をするように
決まっているそうです。
ちょうどこれが排卵日付近に当たるらしく、ユダヤ教の教えを忠実に
守っている人々の合計特殊出生率は6を超えているらしい。

エルサレム最後の夜は、ダビデの塔での音と光のショー。
プロジェクションマッピングですね。
これはオプショナルツアーです。
マミーラ・モールから歩いて向かいます。

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マミーラ・モールではAHAVAを始めとした理美容品や服飾品のお店が
数多く並んでいました。
エルサレムでは、スーパーに入る際にセキュリティチェックがある場合もあります。
ここでもありましたが・・・あまり活用されていなかった・・・。

ダビデの塔は旧市街にあります。
ヤッフォ門から旧市街に入っていきます。
その前に夜の通りを望む。

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この道路が、まだ旧市街がヨルダン領だった時の国境でした。
写真左側がヨルダン領、右側がイスラエル領でした。

ヤッフォ門を出たところ。
門は門だけど、あまりその役割を果たしていない気も・・・。

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ヤッフォ門から数十メートルのところに、ダビデの塔の入り口があります。

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ダビデの塔は、紀元前1世紀にヘロデ王が築いた要塞です。
その後、増改築が繰り返され、今は博物館になっています。

入場の時間になり、中に入っていきます。

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イスラエルの緯度は沖縄よりちょっと高いくらいですが、
海抜750mくらいのところに位置するため、夜は結構涼しい。
日本の3月初旬くらい。
イスラエルの気候を舐めていた私は、日本の5月ごろの恰好で出かけ、
若干凍えていました。。

ショーは45分ほどで、エルサレムの歴史が映し出されます。
スタートはダビデ王の時代。
いつしかバビロニア時代になり、イエスが出てきます。
さらに十字軍の時代になっていて・・・。

エルサレムの歴史の知識に乏しい私は、十字軍時代から
現代のエルサレムまでの間、よく分からず、寒さに耐えながら
何となく鑑賞していました。。

そんなイスラエルでの最後の夜を過ごしました。

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ヨルダン・イスラエル旅行(5日目-8:聖誕教会)

イエスの聖誕教会に入っていきます。

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謙虚のドアという小さな入口から入ります。
ここも並ぶと、中に入るまで1時間は平気でかかってしまうということでしたが、
今回は比較的列は短めだったそう。
また、ミサの時間になったら、終わるまで待たなければなりません。

とりあえず、教会の中に入ることができました。
この先細い通路になっているため、なかなか列は進みません。

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教会内は補修工事中で、工事用の足場が組まれていました。
中は、イエスにまつわる絵や煌びやかな装飾などが配置されていました。

列に並び始めてから30分で、イエス生誕の場所とされる地下に入っていきます。

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我々のツアーの後ろには、中国人のツアーと見られる団体が来ていました。
一番最後に添乗員さんが並んでいましたが、後ろから圧力がかかっているとのこと。
これは無理矢理割り込んでくる気だ。
ということで、我々もなるべく隙間なく進むように。

聖誕の場所。

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下のところにイエスが誕生した場所を示すマークがあり、
ここを触りながらみなさんお祈りしていました。
誘導員が急げ!と言っていましたが・・・。

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地下の狭い通路で中国人に押されること押されること。
無理矢理割り込んで来ようとしたので、私も無理矢理先に行こうとしたら、舌打ちされたw
普段は絶対にこんなことはやらないけど、場合によっては目には目を、という
対応も必要であろう。

身廊に行きます。
ギリシャ正教会の祭壇です。非常に目を惹きます。

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モザイクの床もあります。
聖誕教会は西暦325年にコンスタンティヌス帝により建築されましたが、
その当時に描かれたものだそうです。

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聖カテリーナ教会に行きます。
聖カテリーナ教会の前にはヒエロニムスの銅像があります。
足元に頭蓋骨があるという、なかなかのものです。。

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ヒエロニムスは、ヘブライ語で書かれた聖書をラテン語に翻訳した人物です。
この聖カテリーナ教会の地下に、翻訳した部屋があります。

中に入ります。十字架に釘付けとなったイエスの像が祭壇となっています。

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マリアの像、そして下の赤ん坊がイエス。

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地下の、ヒエロニムスの部屋に降りていきます。

ここ(↓)は台所として使用されたと言われています。

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そして、実際に翻訳作業を行った部屋に入ります。
ここにもモザイクがありました。

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教会外には、イエスが生まれた時の様子。
先に、羊飼いなど貧しい人々が祝福し、その後左にいる権力者が
来たというものです。

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イエスにまつわる観光はこれでおしまい。
今日1日で、イエスに関する知識が深まりました!

ベツレヘムのお土産屋さんでの買い物の際に、目の前に分離壁が見えました。

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ベツレヘムからエルサレムに戻ります。

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ヨルダン・イスラエル旅行(5日目-7:ベツレヘム市街散策)

エルサレムの観光が終わり、次はベツレヘムに向かいます。
ベツレヘムにはイエスが生まれたとされる聖誕教会があります。

ベツレヘムはパレスチナ自治区内にあります。
都合上、イスラエルとパレスチナを分けて称しますが、
イスラエルとパレスチナの境界には、分離壁が建てられています。
これはパレスチナ側のテロ行為が過激になってきた際に建てられたものです。

イスラエルからパレスチナに行く場合、検問のある場所から分離壁を
行き来します。
イスラエルからパレスチナに入る分にはそんなに厳しくはないのですが、
パレスチナからイスラエルに入る際は、厳しくチェックが行われています。

自動車も、イスラエルで登録した車とパレスチナで登録した車では、
ナンバープレートが違っています。
イスラエルで登録された車は、黄色地に黒のナンバーの入ったプレート。
左側にはイスラエルを示す文字が入っています。

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一方、パレスチナで登録された車は、白地に緑のナンバーの入ったプレート。

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当然、パレスチナで登録された車は、イスラエル側に入れません。
行き来する場合は、イスラエルで登録する必要があります。

分離壁を越えてパレスチナ自治区に入ると、ヘブライ文字が激減します。
ほとんどアラビア文字とアルファベットでの表記になります。

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バスがターミナルに到着し、歩いて聖誕教会まで向かいます。
ターミナル内はKFCと遊具。

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何か、某コーヒーショップに対抗しているのでしょうか。

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初めてのパレスチナでの食事です。
すでに記事を6つも書いていますが、まだ13:00ですw

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ヨルダンと同じように、まずはテーブル内で前菜をシェアする。

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個人的に、アラブのパン(ホブス)が超気に入った。
続いて、パレスチナビールが来ます。

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目玉焼き。
アラブの目玉焼きって、なんであんなに厚くできるんですかね?
日本の卵と何か違うのだろうか。

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メイン。
レバーの炭火焼き。
半分くらいでお腹いっぱいな感じになってきました。

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最後にデザート。

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腹いっぱい過ぎ・・・。
何気に久々のバイキング形式でない食事でした。
お皿を下げるとき、店員さんが「Thank you!」を連発しながら、
超陽気にお皿を下げてきたw
パレスチナ自治区内でいろんな景色を見ましたが、分離壁を立てないといけないほど、
パレスチナからテロリストが現れたとは思いにくいものでした。
ごく一部が騒ぎ立てたのでしょうけど・・・。

最初で最後のパレスチナ自治区での食事でした!

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ヨルダン・イスラエル旅行(5日目-6:シオンの丘エリア)

シオンの門を出て、シオンの丘エリアに入ると、ダビデ像があります。
聖書に登場する人物で人気No.1、2を争うくらいなのだそうです。

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シオンの丘の最初の観光スポットは、最後の晩餐の部屋。
イエスの逮捕が決まって、弟子たちと最後に食事をした部屋です。
ダビデの墓の2階にありました。
(ちょうど別ツアーと入室が被ってしまいました。。)

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下に降りて、ダビデの墓。

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こちらは男女で入室する場所が変わります。
例によって、男性はキッパを被ります。
お棺は中央で分断されており、男性側と女性側で半分ずつ出ていました。
お棺を半分に分断って・・・中身って、どうなっているの??

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ちょうどユダヤ人学校の子どもたちが見学に来ていました。

次はマリア永眠教会。
イエスの母マリアを祀って建てられたエルサレム最大の教会です。
1910年完成と、これまでの建築物に比べると、ごく最近のものです。

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永眠するマリアの像があります。

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次に向かうは鶏鳴教会。
昨日訪れたオリーブ山を見渡すことができました。

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鶏鳴教会に入っていきます。
ゲッセマネで逮捕されたイエスが、石段を通ってここに連れて来られました。
教会の地下にある小さな牢獄に投獄され、ここから総督ピラトの所に
連れて行かれ、裁判を受けます。

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ドアには彫刻があります。
これは、イエスの弟子であるピラトに、イエスが、「今日、鶏が鳴く前に、
あなたは三度、私を知らないと言うだろう。」と言ったときの様子だそうです。
ピラトが逮捕されたイエスを裏切り、罪から逃れようとするわけですね。

左側がイエスで、左手の指を3本立てています。
実際に予言通り、ピラトは「私は知らない」と3回言ってしまいます。

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教会内は↓のような祭壇があります。

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地下にはイエスが投獄された部屋があります。
キリスト教の男性が、長い時間、祈りをささげていました。

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男性の左側、写真の中央に、イエスの身体の跡と思われる影が残っています。
最初見た時は、どれ??という感じでした。
解説板と照らし合わせてみます。

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うーん、見えなくもないかなぁ。

教会を出ると、イエスが鶏鳴教会へ連行された時に上った階段があります。
発掘された時には、かなり荒れ果てた状態で、今でも立ち入りはできません。

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階段の所には、イエスが連行されているレリーフがあります。
上側にあるのが、ゲッセマネの園にお祈りに行く様子。
イエスの弟子は12人いますが、このレリーフには11人しかいません。
裏切ったユダがここにはいないのです。

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そして下側が、ゲッセマネの園から連行された時の様子。

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これでシオンの丘エリアの観光は終わりです!

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ヨルダン・イスラエル旅行(5日目-5:旧市街を抜ける)

聖墳墓教会を後にし、またユダヤ教地区に向かいます。
シオンの門を出て、シオンの丘エリアに行くのですが、
途中で、カルドという繁華街を通りました。
世界最古のパレスチナ地図にも記載されているメインストリートです。
(世界最古のパレスチナ地図は、ヨルダン・マダバにある聖ジョージ教会にあります。)

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メズザやモザイクなど、さまざまなものを売るお店が並んでいました。
この通りは、西暦135年に、廃墟の上に建築されたとされています。
そのため、現在の高さよりもさらに地下に建物が存在します。
発掘中と思われる様子を、通りから眺めることができました。

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カルドの列柱の前を通ります。
(ちょうど清掃中で水しぶきがかなりあり、直接列柱のある通りは通れなかった・・・。)

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当時の通りがどんなものであったかを示す絵もあります。

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カルドを抜けると、アルメニア人地区に入ります。
アルメニア人地区では、陶器を始め、さまざまなアルメニアの商品が
売られているお店がありました。

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シオンの門をくぐり、旧市街地を抜けます。
ここにもメズザがありました。

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旧市街の外に出ます。

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1948年、イスラエル建国に伴う第一次中東戦争でこの地区は激戦となりました。
その時の銃弾のあとが多数残されています。

第一次中東戦争は、アラブ諸国とイスラエルとの戦争です。
イスラエルの独立宣言をきっかけに勃発しました。
結果としては、エルサレム旧市街を含むヨルダン川西岸地区(パレスチナ)は、
ヨルダン側の領土になりました。

第三次中東戦争で、イスラエル側がエルサレム旧市街とパレスチナを
取り返したことから、旧市街はイスラエルの領土となりました。
パレスチナは、今でも問題を抱えたままとなっています。
ちなみに第三次中東戦争は6日間で決着がついたため、六日戦争とも呼ばれています。

これで旧市街の観光はおしまい!
シオンの丘エリアに向かいます。

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ヨルダン・イスラエル旅行(5日目-4:聖墳墓教会)

エチオピア正教の会堂を抜けると、聖墳墓教会の前に出ます。

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2階部分の右側の窓の前に梯子がありますが、この梯子は150年近く
現在の場所に置かれたままとなっています。
梯子自体は、朽ちたら交換しているそうですが、位置は変えては
いけないことになっているそうです。

入口右側の格子状の柵でふさがれている部分があります。
これが第10ステーションです。
ここでイエスは服を脱がされます。
「頭から足の裏まで、満足なところはない。打ち傷、鞭のあと、生傷はぬぐわれず、
包まれず、油でやわらげてもらえない。」(イザヤ1:6)

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教会に入って、右側の階段を上ったところがゴルゴダの丘です。

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第10ステーションを内側から覗きます。

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その奥が第11ステーション。
イエスが十字架に釘付けにされた場所です。
「獅子のようにわたしの手足を砕く。骨が数えられるほどになったわたしの
体を彼らはさらにものにして眺め」(詩編22:17-18)
「そこで、彼らはイエスを十字架につけた。」(ヨハネ19:18)
写真では見づらいですが、釘付けの祭壇があります。

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第11ステーションからみて左側に第12ステーションがあります。
第12ステーションは、イエスが十字架上で息を引き取った場所。
「三時にイエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」
これは、「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか。」という
意味である・・・しかし、イエスは大声を出して息を引き取られた」(マルコ15:34-37)

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イエス像の下には、小さな祭壇があります。
ここに十字架が立てられたとされる岩があります。

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実際に見てみたかったのですが、非常に並んでおり、かつゴルゴダの丘での自由時間は
15分だったので、たぶん列を待つことはできない・・・。

その右に悲しみのマリアの祭壇があります。
息を引き取ったイエスが十字架から降ろされた場所です。
ここが第13ステーションです。
「夕方になると、アリマタヤ出身の金持ちのヨセフという人が来た。
この人もイエスの弟子であった。この人がヒラトのところに行って、
イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出た。
そこでピラトは、渡すようにと命じた。」(マタイ27:57-58)
祭壇の列で、全体像は撮れず・・・。

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階段を降りたところに、塗油の石があります。
十字架から降ろされたイエスの遺体はここに置かれ、身体に油が塗られた場所です。

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触ってみると、何やら香料の混ざった何かが塗られている模様。
その前に、大きな絵があります。

右から、イエスが十字架から降ろされている様子。

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真ん中が、遺体が置かれた様子。

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最後が、お墓に入れられる様子。

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塗油の石の先に、イエスの墓があります。
これが第14ステーション。最終ステーションです。
「岩に掘った自分の新しい墓の中に納め、墓の入り口には大きな石を
転がしておいて立ち去った。」(マタイ27:60)
こちらも列ができており、外観だけの見学となりました。

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その反対側にはギリシャ正教の祭壇があります。
(ちょうど掃除中になり、立ち入ることができなかった・・・。)

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いろいろと説はあるようですが、これはイエスの本当の墓ではないそうです。
イエスの墓の奥に祭壇があり、暗闇の奥に同じ時代のお墓が存在します。

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さらに先に進むと、マグダラのマリア礼拝堂があります。
マグダラのマリアは、香料を持ってイエスの体に油を塗った女性です。

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第12ステーションにあった、十字架が立てられたとされる岩を
下のフロアから見ることができました。

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ゲッセマネの園で逮捕され、裁判で死刑が確定し、十字架を背負わされ、
最後に十字架に釘付けとなったイエスの人生を追ってきました。
でも、そもそも、イエスってなんで釘付けにされたんだ??

Wikipediaによると・・・
「自らをユダヤ人の王であると名乗り、また「神の子」あるいはメシアであると
自称した罪により、ユダヤの裁判にかけられた後、ローマ政府に引き渡され
磔刑(はりつけ)に処せられた。」
とのこと。
当時のユダヤ教のトップにとって、イエスの信者が増えていくことは
良く思わなかったのでしょうか。

そこから、イエス生誕以降のことを記述した新約聖書が出来上がり、
旧約聖書のみを聖書とするユダヤ教と、旧約聖書と新約聖書を聖書とする
キリスト教に分かれていきました。

旧約/新約の違いは、神との契約形態の違いを表しています。
旧約は、モーセと神ヤハウェの契約である「十戒」のように、
ヤハウェが人々を守るという内容になっています。
旧約では、まだメシア(救世主)は存在していないと考えられています。
ユダヤ教におけるメシアとは、神殿を建て直すことができる人になる
わけですが、現状難しいでしょうなぁ・・・。
イスラム教地区になっているわけですし・・・。

新約は、旧約に対する呼称です。
そのため、ユダヤ教には旧約という概念はありません。
イエスによって神との契約が更新されたと考えた昔の人たちが
このように呼ぶようになり、キリスト教の聖書の1つとなりました。
キリスト教では、メシア(救世主、神の子)はイエス・キリストです。

そりゃあ、キリスト教にとっては、イエスを殺したユダヤ教は気に食わないわなぁ。
ユダヤ教にとっても、勝手にメシアを名乗りはじめりゃ、気に食わないわなぁ。
う-ん・・・。

今回の旅行で回った観光地に関するストーリーが一本につながった。
少し、ユダヤ教とキリスト教への理解が深まった!

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ヨルダン・イスラエル旅行(5日目-3:ヴィア・ドロローサ)

次の観光スポットは、ヴィア・ドロローサ。
ヴィア・ドロローサとは、イエスが死刑の判決を受け、茨の冠をかぶせられ、
自ら十字架を背負って歩いた道のことです。
エッケホモ教会と聖墳墓教会を結ぶ、曲がりくねった一本道のことを
このように呼んでいます。

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キリスト教徒にとっては、もっとも聖なる道とされています。
この道に沿って、イエスにまつわる出来事を記念した14のステーションが
設けられています。
10~14は聖墳墓教会の中にあります。

第1ステーションから順に歩いていきます。
第1ステーションは、有罪判決を受けたピラトの官邸。
現在のオマリーエ学校の校庭の部分に当たるそうです。
「人々は、イエスをカイアファのところから総督官邸に連れて行った。」(ヨハネ18:28)

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第1ステーションの場所で、ちょうどイエスの進んだ道と反対方向に
十字架を担いだ男性が!

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数十歩歩くと、第2ステーション。
第2ステーションは、鞭打ちの教会。
「そこで、ピラト(総督)はイエスを捕らえ、鞭で打たせた。」(ヨハネ19:1)
「そこで、ピラトは、十字架につけるために、イエスを彼らに引き渡した。」(ヨハネ19:16)

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混雑していたことと、道の細さ、建物が密集していて、教会は撮れませんでした。

エッケホモ・アーチ。
ここでピラトが群衆にイエスを引き出したとされています。
「イエスは茨の冠をかぶり、紫の服を着けて出て来られた。
ピラトは、「見よ、この男だ」と言った。」(ヨハネ19:5)

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エッケホモ教会の中に入ります。
写真の右側がアーチに繋がっています。

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第3ステーションは、イエスが最初につまづいた場所。
十字架の重みに倒れたそうです。
「慰め励ましてくれる者は、遠く去った。」(哀歌1:16)

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建物の中には入りませんでしたが、中には倒れた姿のイエスの像があるそうです。
すぐ近くに第4ステーション。
第4ステーションは、マリアの教会。
母マリアが群衆に混じってイエスを見守った場所だそうです。
「道行く人よ、心して目を留めよ。よく見よ。これほどの痛みがあったろうか。
わたしを責めるこの痛み・・・」(哀歌1:12)

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第5ステーションは、シモンがイエスの代わりに十字架を背負った場所。
「そこへ、アレクサンドロスとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、
田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を
無理に担がせた。」(マルコ15:21)

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第5ステーションに、イエスが手をついたとされる石があります。
くぼみがイエスの手のあとと言われていますが、大人の男である私の手よりも
1.5倍くらいの長さです・・・。

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第6ステーションは、ベロニカの教会。
ここでベロニカは、イエスの顔を拭ったとされています。
「主が御顔を向けてあなたを照らし、あなたに恵みを与えられるように。」(出典不明)

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第7ステーションは、イエスが2度目に倒れた場所。
「彼らの苦難を常に御自分の苦難とし、御前に使える御使いによって彼らを救い、
愛と憐れみをもって彼らをあがない・・・」(イザヤ63:9)

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第8ステーションは、聖ハラランボス・ギリシャ聖教会。
ここでイエスは、エルサレムの娘たちを慰めたとされています。
「「エルサレムの娘たち、わたしのために泣くな。
むしろ、自分と自分の子供たちのために泣け。」」(ルカ23:20)

第8ステーションを示すマークの下の方に、ラテンの十字架が
壁にはめ込まれています。

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ここで、簡単なヴィア・ドロローサの写真付きパンフレットが1USドルで
売られていたので、購入。
記事中に、各ステーションに関連する文献の文言を記載しましたが、
このパンフレットから引用しています。

第9ステーション近くになると、聖墳墓教会が姿を現し始めました。

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屋外最後の第9ステーションは、聖墳墓コプト会。
ここはイエスが3度目に倒れた場所とされています。
「ご覧ください。わたしは来ております。」(詩編40:8)

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エチオピア正教の会堂を通り抜けます。

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入ると、イエスが十字架に釘付けにされている絵が飾られています。

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聖墳墓教会に入っていきます。

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ヨルダン・イスラエル旅行(5日目-2:嘆きの壁)

イスラム教地区の住宅街に入っていきます。
(たぶん、AKWAT EL SARAYAという通りを歩いている?)
入るとすぐに、かつて使用されていた共用の水汲み場がありました。

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周りの彫刻も非常に細かくて芸術品ですよね。
まだ9:00少し前なので、お店は開いていませんでした。

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ユダヤ教地区に入っていきます。
この先に嘆きの壁があります。
ユダヤ教地区に入る前に、セキュリティチェック。

嘆きの壁の前の広場に出ます。
前日、イスラエル独立記念日のイベントがあったらしく、
トラックや重機が行きかっていました。
ちなみに、写真右側の通路を通って、神殿の丘に入りました。

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嘆きの壁は、男女で祈る場所が分かれています。
男性は入口左側のエリアです。
男性は、キッパという被り物(入口でもらえます)か、帽子を被って入ります。

キッパは下の写真。
頭にはまらなくて、抑えていないと飛んで行ってしまいます。
ユダヤ人の頭の形には合っているそう。

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壁付近まで行きます。

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ユダヤ人の間では、エルサレム神殿の城壁の跡と伝えられています。
この壁の前で神殿の破壊を嘆き、聖地の回復を祈ることから、
「嘆きの壁」と言われているそうです。

壁の石と石の間には、たくさんの願いごとの書かれた紙が挟まっています。
嘆きの壁は、ユダヤ教徒だけでなく、異教徒でも訪れることができます。

ユダヤ教では、ユダヤ人以外のことを「異邦人」と呼んでいます。
意味的には日本語の「外人」という意味と同じで、差別的な意味を持っています。
イスラエルの戸籍には、かつてユダヤ人以外の場合は「異邦人」と
記述があったそうですが、現在は異邦人という言葉は使われないそうです。

嘆きの壁は、時代とともに積み上がっていったそうです。
嘆きの壁の1段目は地上には出ておらず、地下にあります。
最初の壁は2,000年くらい前に建設され、男性側にある建物内の祈りの場所から
見ることが可能なのだそうです。

ということで、その場所に向かいます。

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入ると祈りの声が聞こえてきて、物々しい空気に包まれます。

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2,000年前に建設された壁はどこにあるのか?
ガラス越しに見えるらしい。
ツアー参加者の男性数人と探してみましたが、どこにあるのか分からず・・・。
帰国後検索してみたら、おそらくこちらのサイトにある、
発掘が進む壁の地下部分を見下ろせる場所がどこかにあったのだろう。

またイスラム教地区に戻ります。

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ヨルダン・イスラエル旅行(5日目-1:神殿の丘)

5/3の最初の観光は、エルサレム旧市街。
入るのに列が出来ていると、非常に時間がかかる場合も、ということで
朝は早めの出発となりました。

エルサレム旧市街は世界遺産として登録されておりますが、
申請はヨルダンが行ったという、非常に複雑な状況となっています。
しかし、エルサレム自体はイスラエルにあります。
そのため、ヨルダン申請の物件ではあるものの、自衛のため、
イスラエル警察が入門者に対するセキュリティチェックを行っています。

そのセキュリティチェックもあり、列が長くなると、1時間待ちが当たり前に
なってきてしまいます。

今回は糞門から入門します。
少々名称はよろしくないですが、その昔、街から出た汚物がここから捨てられた
ことからこのように呼ばれているそうです。

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セキュリティチェックの部屋の前に、メズザが設置されています。
メズザとは、ユダヤ教のもので、中に聖句の刻まれた羊皮紙が入っています。
ホテルの各部屋の前にもメズザがついていました。
メズザ自体は、書道で使われる文鎮より少し短いくらいの長さですが、
ここにあるメズザは相当大きいです。

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ここのセキュリティチェックは結構厳しく、聖書の持ち込みは禁じられています。
そのため、内容問わず、書籍を持っていると没収される可能性もあります。
日本語の文庫本もNGになる場合があります。

神殿の丘はユダヤ教の聖地ですが、岩のドームはイスラム教の聖地です。
現在神殿の丘エリアはムスリムが管理しているため、
そのような措置が取られている模様。
また、男女とも、特に足の部分の肌の露出はないようにしておいた方が良いです。

セキュリティチェックを抜けると、ユダヤ教の聖地である嘆きの壁が見られます。
男女で区分けされていて、手前が女性、奥が男性のエリアです。

IMG_0648.jpg

そのまま通路を進み、神殿の丘に向かいます。
通路を抜けると広場にでます。
右手にアル・アクサ・モスクがあります。

IMG_0649.jpg

イスラム教の預言者ムハンマドが、ここで昇天したと言われています。
ここは、ヨルダンの国王が暗殺された場所でもあります。
同行していたその王子(前国王)は奇跡的に助かり、その後国王となりました。
非常にカリスマ性のある方だったそうです。

イスラム系の国家は、国王がいて、ある意味独裁をしている国が多いです。
最近では、「アラブの春」が起こり、民主化していきましたが、
いまだうまくいっている国はありません。
宗教的に複雑に絡み合っている国は、どちらかというと国政は誰かに
一任してしまった方がうまくいくのかも?と現地ガイドさんがおっしゃっていました。
ただ、その一任された誰かに絶大な信頼とカリスマ性がないと厳しいかも?
そういう意味で、ヨルダンの前国王はうまくやっていたそうです。

岩のドームに進んでいきます。
ムスリムではないので、建物の中に入ることはできません。
中がどのようになっているかは、中を撮影した絵葉書を買うと分かります。
絵葉書は1USドルで売られていました。

IMG_0654.jpg

この建物は、ムハンマドが夜の旅(イスラー)に旅立ち、
また聖書に出てくるアブラハムが、息子であるイサクを
犠牲に捧げようとした場所として信じられている
「聖なる岩」を取り囲むように建設されたそうです。
イスラム教にとっても、ユダヤ教にとっても聖地となっています。

手前のアーチ状の門には日時計が。

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壁の模様も非常にきれいです。

CIMG1036.jpg

そのままイスラム教地区の住宅街の方に向かっていきます。
途中に、イスラム教徒のお祈りの場所がありました。
写真左側にある石の方向が、メッカの方向にあたります。

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この付近の建物は、バビロニア時代、ローマ時代、十字軍時代の建築が残っています。
(バビロニア時代がいつの年代の時代かは失念してしまいました・・・)
下の写真ですと、右側のアーチ状のところに赤色と黒色で塗られた石がありますが、
この部分はバビロニア時代に建設された部分だそうです。
後にローマ帝国が修復作業を行いますが、残せる部分は残す形で修復したそうです。

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その後十字軍時代になると、下の写真の天井部分にみられる、
十字を表わす建築様式が見られます。

IMG_0675.jpg

イスラム教地区の市街地に入っていきます。

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ヨルダン・イスラエル旅行(4日目-3:オリーブ山)

エルサレムの標高は約750m。
死海が-420mということで、一気に1200m近く上っていくことになります。

5/2は死海の浮遊体験で観光は終わりの予定でしたが、
国境越えが予想以上にスムーズに行き、時間が余ったので、
5/4に予定されていたオリーブ山観光が前倒しとなりました。

イスラエルの公用語は、ヘブライ語とアラビア語です。
標識も2言語+英語表記で書かれています。

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オリーブ山からエルサレム市街地を望みます。

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てっぺんが金色の宮殿みたいな建物が岩のドーム。
その手前に城壁があります。
城壁の先が旧市街地。ヨルダン領だったところです。
オリーブ山もかつてはヨルダン領でした。

この写真からはなかなか見づらいですが、城壁の真ん中からやや右に
少し高さが高くなっているところがあります。
これは黄金の門と呼ばれており、キリストがロバに乗って入場した門です。
ユダヤ教では、終末にメシア(救世主)がこの門を通ってくると言われています。
この門は16世紀に閉じられてしまい、開かずの門となっています。

手前に並んでいる白い直方体は、ユダヤ人のお墓です。
城壁の方向に足が来るように安置されており、メシアが来て復活した際に、
起き上がって、神殿(城壁)の方をすぐに向けるように、とのことだそうです。
そして・・・城壁の手前にはムスリムのお墓が並んでいます。
つまり、メシアの入城を邪魔をするわけですね。
現地ガイドさんは、この光景はパレスチナ問題の解決への難しさを
物語っている、とおっしゃっていました。

オリーブ山を下りていきます。
結構急な坂です。

IMG_0571.jpg

主の涙の教会に入ります。
キリストがオリーブ山からエルサレムを眺め、滅亡を予言し涙したと
言われている教会です。

教会に行く途中に、古代墓地があります。
年代は失念してしまいましたが、当時の状態から変わっていないそうです。
横穴式と縦穴式があって、上が横穴式、下が縦穴式です。

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教会到着。

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中に入っていきます。

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現在は西側に祭壇がありますが、かつては東側にありました。
神殿の方を向いて祈った方がよいということで移されたそうです。
移す前の跡が↓です。

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ゲッセマネの園に入ります。
ゲッセマネとは、アラビア語で「油絞り」を意味するそうです。

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入るとオリーブの木が植えられています。

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福音書ではイエスと弟子たちが最後の晩餐のあとに祈りを捧げ、
またイエスがユダに裏切られ捕えられた場所とされています。
しかも、イエスを金で売ったという・・・。

そのまま敷地内の万国民教会に向かいます。
ゲッセマネの園において、イエスが処刑前夜の最後の夜を、
苦しみながら神に祈ったとされ、「苦悶の教会」とも呼ばれています。

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中に入っていきます。

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教会の中には3枚の絵があります。
中央の絵は、イエスが処刑前夜の最後の夜を、苦しみながら神に祈った際の様子。

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その下の祭壇のところに、イエスが祈る際に身をもたせかけたとされる岩があります。
キリスト教の方は、ここに手を着きながら熱心にお祈りをしていました。

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左側の絵は、イエスを裏切ったユダがイエスに口づけをする様子。

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そして、右側の絵は、、イエスが捕まえられる様子。

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これもモザイクなのだから、本当にすごいとしか言いようがないです。

外に出ると、サボテンが咲いていました。

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イスラエル人を例えると、サボテンが合うそうです。
何もしない分には、きれいな花を咲かせ、食べると美味しいが、
ちょっかいを出そうとすると、その棘で相手に痛みを与える。
ちなみに、これはイスラエル人の他己紹介ではなく、
自己紹介として言っているそうです・・・。

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ヨルダン・イスラエル旅行(4日目-2:死海浮遊体験)

国境越えが終わると、死海に向かいます。
カリアビーチで浮遊体験です!

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今年は5/2がイスラエルの独立記念日ということで、多くの車にイスラエルの国旗が
つけられていました。
前日の5/1は戦没者記念日。

ユダヤ教では、夕方が一日の始まりとなっているそうです。
そのため、5/1の夕方までは戦没者を追悼するため、自粛ムードになるそうですが、
19:00頃になると、独立記念日を祝うムードに変わるとのこと。
各地でみんなでバーベキューをすることが慣習だそうで、バーベキューの煙が
遠くからでも分かるくらいなのだそうです。

イスラエルの独立記念日は、その年によって少しずれます。
それは、ユダヤ暦で考えるため、西暦とちょっとずれる。

さらに、イスラエルでは西暦をBC(Before Christ、キリスト生誕以前)と
AD(Anno Domini、主の年に)という表現はせず、紀元前を
BCE(Before Common Era)、紀元後をCE(Common Era、共通暦)
と表現するそうです。
ユダヤ暦で言うと、今年は5777年。

長くなりましたが、ビーチに入っていきます。

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まずは昼食。
めずらしく、魚丸ごとがあったため、食べることにしました。
食材はほぼ100%イスラエル産です。
イスラエルは、食料自給率がほぼ100%なのだそうです。

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レストランから死海を撮影。

CIMG0890.jpg

食後、水着に着替えて、浮遊体験。
ナイスバディなお姉さまがたくさんいらっしゃいましたよ!
私のことはツッコむな。

死海に入り、添乗員さんのいる写真撮影場所まで行きます。

深さは足首が完全に浸かるくらいですが・・・
時折、股まで埋まってしまうくらい深くなっている個所があり、
足を取られてしまいます・・・。

私も何回か足を取られ、擦りむいてしまった・・・。
死海は塩分濃度が非常に高いため、激痛が走る・・・かと思いきや、そうでもない。
代わりに、首の汗疹の方に鈍い痛みを与えてくるorz

早速浮いてみます!

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その間嫁は足を取られ、ひっくり返っていました・・・。
死海の水が目に入ったらすぃ。
かなりの痛みだったらすぃ。

死海では、当然遊泳禁止です。

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しかし、過去、再三の注意にも関わらず、クロールしてしまった日本人高齢者が
いたらしく・・・激痛の末、目が真っ赤になったそうです。

死海こええええ。
ちなみに、死海の水は、しょっぱいどころではありません。
しょっぱいを超えて、すっぱい、まずいというレベルです。
私は、その後、細心の注意を払って、死海の中を移動しました。
かえって浮遊しながらうまく移動した方が良いかも。

カリアビーチでは、水の中で少し手で掘ると、泥が出てきます。
かの、死海の泥パックですな。
とりあえず、顔以外の個所に塗りたくってみた。
トゥルントゥルンになります・・・!

ただ、私も首の汗疹から来る痛みが結構キツくて、
ツアーメンバーの中で、一番先頭に上がってしまいました…。

早々に着替えて、散策&写真撮影。
まずは世界一標高の低いバー。

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そして、死海で楽しむ皆様。

IMG_0532.jpg

散策していると、5人ほど銃を持った軍人を見かけました。
でも、かなり平和ボケした感じもしなくもない・・・。
5/2は独立記念日ということで、ちょっと浮かれ気味なのかな??

その後、死海のお土産を買うために、近くのお土産屋さんに立ち寄ります。

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AHAVAの泥パック、石鹸を始めとし、たくさんの死海製品が売られています。
日本で買うよりかは安いらしい。
でも、帰国後に調べてみたら、そうでもない気もしなくも・・・。
イスラエルでは、付加価値税が18%とお高いのもあるかもしれません。

ちなみに、渡航時点でイスラエルでは、外国人旅行者については、
イスラエル観光省が推薦している店で、400NIS以上の買い物をすると、
付加価値税が戻ってくる制度があります。
ちなみに、渡航時点で、4NIS(シュケル)≒1USドル≒120円。
ですので、12,000円ほど買い物をすると、付加価値税が戻ってきます。

我々は、250NISくらいの買い物でした。
すべて嫁関連の買い物ですよー。

買い物タイムが終わり、エルサレムに向かいます。
死海付近は、かつてヨルダン領でした。
ヨルダン領時代の軍事施設が残されていました。

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カリアビーチの駐車場付近には、地雷エリアも残っています。

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カンボジアもそうでしたが、地雷の撤去は難航していますよね。
それとも当面放置なのだろうか。
さらに、死海は、2050年には干上がってしまうと言われています。
イスラエルを始め、各国の科学者たちが真剣に対策を考えているそうです。

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ヨルダン・イスラエル旅行(4日目-1:国境越え)

4日目は、ヨルダン→イスラエルの国境越えと、死海浮遊体験。
国境越えには時間を要する場合があるということで、朝早めに出発。
ぺトラからアンマンに戻り、そこからキング・フセイン橋から国境を越えます。

イスラエルでは、キング・フセイン橋という名前ではなく、アレンビー橋と呼ばれています。
この橋自体は、パレスチナ人がヨルダンに向かうための橋であるため、
イスラエル人は使用できないそうです。
観光客は問題なく使用可能です。

イスラエルの入国審査はかなり厳しいとされています。
特に、イスラエルを国と認めていないアラブ諸国への渡航歴があると、
質問攻めに遭うそうです。
最近ではイランともあまり仲が良くなく、イランへの渡航歴があっても質問攻めに遭うとか。

国境を越える前に・・・
海抜0mのポイントがあるため、写真撮影タイム。

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死海方面に走り、入出国審査場へ。
かなり車で混雑しているように見えます・・・。

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入出国審査場に入ります。

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ヨルダン側では、バスの中で警察によるパスポートチェックが行われました。
出国税(15USドル)を現地ガイドさん経由で支払います。
その領収書が渡され、イスラエル側に向かいます。

トイレ休憩のため、入出国審査場へ。
免税店もありますが、開いているのを見たことがないとのこと。
20分ほどで手続きが完了したようで、出発します。

ここから先は、当然撮影禁止です。
キング・フセイン橋の写真はJICAが資金協力として橋の架け替えを
行ったそうで、JICAのサイトをご覧くださいー。

イスラエル側の入出国審査場まではスムーズに進みました。
バスを降りて、入国審査。
まずはパスポートとヨルダン出国のチェック。
パスポートによく分からない黄色いシールが貼られていました。
これはがさないと、イスラエルに入国した証拠になるよなぁ。
右はヨルダン出国税の領収書です。

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セキュリティチェック、入国審査と進みます。
様々なブログ等で先人たちが入国審査時の体験談を紹介しています。
私の場合は・・・"IBAKARI"ってどこにあるの?と聞かれました。
本籍の茨城のことだよなぁ。
質問の意図はよく分からないけど、東京、埼玉、茨城の地理関係を説明してきた。
本当に日本人かどうかのチェックかなぁ。

その1つの質問で入国審査終了。
ツアーでの参加だったためか、渡航歴もアラブといえばUAEくらいだったためか、
先人たちのような質問攻めは来ませんでした。
現在イスラエルでは、パスポートへの押印は廃止されているそうです。
かなりの数の渡航者が押印を拒否するため、青いカードが入国時に発行されるのみです。

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現在は治安もそんなに悪い状態ではないので、軽い内容なのかもしれませんね。

合計で1時間半程度で、国境通過。
かなりスムーズに国境越えできたそうです。
(ツアーバスが何台も来ると、それだけ時間がかかる。)
イスラエルの現地ガイドさんと合流し、死海に向かいます。

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ヨルダン・イスラエル旅行(3日目-5:街並散策)

かなり疲れた感じでホテルに戻ります。
夕飯は昨日と同じバイキング形式。
若干メニューが違っています。

バイキング形式では、各料理の名前が分からないため、
これ何だろう?と話しながら食べることになります。
(「Beef」とか「Potato」といった最低限しか書かれていない。)

ブログに書いても、こういう料理を食べてきましたーと、
名前を書けないのが歯がゆいところ。

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イスラム教の国ということで、アルコールは出してもらえません。
ノンアルコールのビールはあったので、今夜はノンアルビールにすることにしました。

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ただ、日本に比べると、物価はやや高めな感じです。
ノンアルビールは、確か6JD≒1,000円。
ジュース系も4JDくらいしていました。

夜に街並み散策希望者は、行ってもいいですよーということで、
私は暗くなってからいくことにしました。
日が完全に落ちてからだと心もとない、ということで、
添乗員さんも一緒に来てくださいました。
ちなみに、夜の散策の希望者は私一人だけだった・・・。

夜になると、昼に比べて交通量がかなり多くなっていました。

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レストランも満員。
添乗員さんは飲み物を買って帰る、ということで、スーパーに寄りました。
スーパーと言っても、日本のコンビニの半分くらいの規模で、
アルコールは当然なし。
私は、1.5lのミネラルウォーターをあらかじめ買っておいたので、
何も買わずにホテルに戻りました。

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ここで一旦ヨルダンでの観光は終了!

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ヨルダン・イスラエル旅行(3日目-4:ぺトラ遺跡4)

エル・ハズネからレストランまでの距離は約2.5km。
そこから先にある、エド・ディル(修道院)までは、
約900段の階段を登っていきます。

ちなみに、昼食以降は自由行動のため、エド・ディルまで行くかどうかは
個人の自由です。

添乗員さん曰く、普段は高齢の方がツアーに参加されるため、
エド・ディルまで行かず、そのまま来た道をゆっくり引き返す方も
多いそうです。
今回は平均年齢も低く(と言ってもたぶん平均年齢は40代のどこかかと・・・)、
全員(20人弱)エド・ディルまで行きました。
全員行くのはかなり珍しいそうです。

ということで、エド・ディルへ。
普段駅ハイで鍛えている(?)成果を試すとき!

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入ると、美しい岩肌が見られます。
特に、赤・青・黄の岩肌は目を惹きます。

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高原の花も咲いていました。
名前は・・・調べてみましたが、ちょっと分からず・・・。

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階段自体はそんなに急ではありませんが、足場が悪い箇所が結構ありました。
いかんせん、段数はかなりある。

そんなロケーションだからか、エド・ディルまでロバで行く方も結構いらっしゃいました。
我々の参加したツアーでは、レストラン-エド・ディル間のロバの乗馬は、
控えるように指示がありました。
落馬したときのリスクを考えると危なさすぎる・・・。

そして、移動以上に気になったのが、ロバのフン。
結構、出荷したてのものが見られました。
それゆえ、かなり臭います。。
足場の安定度以上に気にしていました。。
定期的に回収班が回収しに来るんですけどね。

40分ほどして、エド・ディル前の広場が見えました。
案内では1時間半から2時間かかるということで、かなりハイペースで登った模様。
我々は先頭の方を進んでいましたが、全員1時間くらいでエド・ディルに着いたそうです。

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エド・ディル着。
高さ48.3m、幅47mの大きさで、建造年代は2世紀初頭とされています。
ナバタイ王国最後の王の時代だそうです。
内部には、両側面のベンチ、祭壇があり、宗教的な集まりのためのビクリニウム
(餐宴のための広間)として用いられていたそう。
後に、この空間は、キリスト教の礼拝堂として再利用され、後背部の壁面には
十字架が刻まれたことから、エド・ディル(修道院)と名付けられたそうです。

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エル・ハズネと比較すると、そんなに複雑な装飾はありませんが、
大きさを見ると壮観です。

さらに先の展望台まで行くことにします。
展望台まではかなり急で足場の悪い階段を登っていきます。

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展望台到着。
ここで一息つくことにします。

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まず北西の方向を眺める。

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さらに先にも展望台があり、そこからはヨルダン渓谷が見えるそうです。
嫁が風邪っぽいということで、行きませんでした。

次に南西の方向。

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そして、エド・ディルを眺めます。

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達成感でいっぱいです。

元来た道を戻って下山することにします。
エド・ディルの売店付近でツアー参加者が集まって談笑していたので、
加わって休憩。
10分くらいして下山。
30分ほどでレストランまで戻ってきました。

私もヨルダンに来てから、鼻がムズムズし始め、風邪なのか?何かアレルギーに
反応しているのか?という状況でした。
調べてみると、ヨルダンでも花粉症はあるらしい。
原因はオリーブの木らしいです。
ちなみに、このあとイスラエルでは鼻のムズムズは収まった。
でもイスラエルだって、オリーブの木はあったし・・・。
よぅ分からんです。

往路では王家の墓の前を通りましたが、復路はメインストリートを通りました。
4つのすべての墓が一望できたので、撮影。
左から、宮殿の墓、コリントの墓、シルクの墓、アーンの墓。
シルクの墓は、真ん中からやや右側の入口の直方体です。

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サンドボトル屋で、名前入りのボトルを受け取ります。

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エル・ハズネに戻ってきました。
時間帯によって光の当たり方が変わるため、それも鑑賞ポイントの1つとなっています。

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ちなみに朝の写真は↓
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シークを出たところの写真を比較しても、あまり変わりませんでした。。
(ちょっと朝の方が光が多く当たっているくらい・・・。)

ここから先はひたすら登り坂。
かなりヘロヘロになりながら、ビジターセンターまで戻ります。
シークの中をかなりの速度で馬車が通っていきます。

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ビジターセンターで時間をつぶし、集合時刻にバスに戻りました。

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ヨルダン・イスラエル旅行(3日目-3:ぺトラ遺跡3)

ビザンチン教会に向かう途中で、大寺院を見下ろします。

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ビザンチン教会に入っていきます。
建造年代は5世紀末とされています。

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教会の中に入っていきます。
中央には祭壇。

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両サイドには、比較的保存状態の良いモザイクが残されています。

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人物画はかなりうまいですよね。

柱廊通りに戻ります。
右上の方に、ラクダの形をした岩があります。
こちらも自然にできたらしいです。
なんか・・・いろいろとすごいなぁ。

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大寺院へと進みます。
大寺院の建造年代は紀元前1世紀末とされています。

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登りきったところで一休み。

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この場所はぺトラの都市を一望できるということで、
都市内の状況をチェックするためにも使用されたそうです。

再び柱廊通りに戻り、凱旋門をくぐります。

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柱廊通りは、ローマ帝国が支配する時代になって、改修工事が行われ、
その状態が残されています。

カスール・アル・ビントは、ぺトラで最も重要な神殿とされていたそうです。
かなり崩壊しかけています。

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エド・ディルに向かう階段の手前にあるBASINというレストランで昼食。
調べてみると、結構割高なレストランらしい(ビュッフェで17JD)。
観光地だから仕方ないかなぁ。
(我々の場合はツアー料金に含まれていますが。。)

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ビュッフェ形式でしたが、これから山登りのため、少しセーブしておくことにしました。

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昼食後にお店のトイレに行こうとすると、男女とも詰まってしまって、
水が流れないため使用禁止とのこと。
水回りは日本ほど優れているところはないよなぁ。

休憩後、エド・ディルに向かいます。

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ヨルダン・イスラエル旅行(3日目-2:ぺトラ遺跡2)

エル・ハズネを出発し、少し先に進んだところに
サンドボトルのお店があります。

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ぺトラの砂を利用したお土産だそうです。
(添乗員さん曰く、本当にぺトラの砂かは分からないそう・・・。)
砂をボトルに詰めて、絵を表現したものです。

実はツアー参加者に、ヨルダンに着いたバスの中で、
お土産としていただきました!

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お土産では「JORDAN」という文字が入っていますが、
このお店では、自分の名前を入れることが可能です。
むしろ、このお店でしかできません。

まずは作成の実演。
色とりどりの砂を用意します。

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そして、小さい串で整形して出来上がり。
糊で固めるため、ボトルが割れてもデザインは崩れないそうです。

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嫁は来る前からお土産として考えていた、ということで、
配られたお土産よりよいデザインのボトルを選んでいました。
絵柄としては、ラクダ+太陽のもので、1.5倍くらい大きい瓶でした。
お値段は15USドル。
うーん、ちょっと高めな気もするけど・・・。

ちなみに、ツアー参加者の中で、買ったのは我々だけでした。
事前にお土産用に配布してしまったからかなぁ。

ボトルは事前支払で、帰りに受け取ることになります。
さらに先に進みます。

ローマ円形劇場に到着。
約4,000人収容することができたそうです。
岩山を掘削して建造された劇場としては、世界有数のもの。
舞台の背面壁は、ローマ時代に再建されたものだそうです。

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さらに先に進むと、王家の墓があります。
まずは、アーン(壺)の墓。

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頭頂部に壺型の装飾があることから、アーンの墓と呼ばれています。
建造は西暦70年頃とされています。
中に入ると、3つの壁がんがあり、亡骸を安置する埋葬室として
使用されていたそうです。

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アーンの墓から、景色を見下ろします。
まずはローマ円形劇場。

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エド・ディル方面。

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なかなかの景色です。

次はコリントの墓。
だいぶ風化が進んでしまっています。
ナバタイ様式と古代ギリシャ・ローマの建築様式の様々な要素が融合した
建築となっています。

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最後は宮殿の墓。
建造年代は2世紀初頭とされています。
餐宴や葬送儀礼に用いられたと推測されています。

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そのままビザンチン教会に向かいます。

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ヨルダン・イスラエル旅行(3日目-1:ぺトラ遺跡1)

本日は終日、ぺトラ遺跡観光でした!
ホテルの朝食はバイキング形式。

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8:00頃にぺトラ遺跡に入ります。

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ビジターセンターで、現地ガイドさんが購入してきたチケットと、
案内図を受け取ります。

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ぺトラ遺跡のチケットは、50JD。
日本円に直すと・・・約8,000円。
高っ!TDL、USJよりも高い!!

待っている間に、案内図にある解説を読んでみます。
とりあえず、ぺトラの成り立ちから。

ぺトラ遺跡は、およそ2,000年以上前、シャラ山地の中心部に、ナバタイ人によって
建てられました。
古代メソポタミアやエジプトを結ぶ主な貿易路の重要な交差点であったぺトラは、
紀元前1世紀から1世紀の間に最盛期を迎えました。

転換は西暦363年発生した大地震。
これによりぺトラは壊滅的な被害を受け、さらに同じ頃、別の貿易路が確立された
ことから、没落の一途をたどりました。
しまいには、町も放棄されてしまいます。

1812年になり、スイスの探検家によって、ぺトラが再発見されました。
その後も、驚嘆すべき岩肌の色合いから、「薔薇色の都市」とも呼ばれています。

確かにぺトラは、ヨーロッパ、アフリカ(エジプト)、アジアの交わる個所であり、
貿易路としては重要な拠点だったのでしょうかね。

シーク出発点まで歩きます。距離は約800m。

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写真の左手に、厩舎があります。
ロバに乗って観光することも可能です。
希望者はシーク出発点まで乗りました。
私は歩いていくことにします。

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少し歩くと、精霊が宿ると伝えられる、ジン・ブロックと呼ばれる遺跡が現れます。

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少し進むと、いくつか穴のある岩が見られます。
当初、ナバタイ人はこの穴の中で暮らしていたそうです。

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さらに進んで、オベリスクの墓。

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15分ほど歩くと、シーク出発点に到着。

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入っていくと、下りの坂道になります。
シークの長さは、約1.2km。
ぺトラの都市部へとつながる峡谷です。
入口には、かつて凱旋門のアーチがかかっていたそうです。

入っていくと、岩に囲まれた道を歩いていきます。
一番高いところで約180mあるそうです。

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中には、ぺトラの遺産が数多く残されています。
まずは用水路として使用されていた跡。

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シークにはいくつかのレリーフが残されています。

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自然にできた、ゾウのような岩。

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下の写真の穴には偶像が設置されています。

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ラクダを引く商人の足と、そのラクダの足の像。

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シークに入ってから30分ほどで、エル・ハズネ(宝物殿)の姿が見えてきました。
まずはシークから覗きます。

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そして、エル・ハズネ前の広場へ。

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ぺトラにおいて、最も壮麗な岩窟建築といわれ、映画のロケ地にもなったとのこと。
(調べてみると、その映画とは、「インディ・ジョーンズ 最後の聖戦」だそうです。)
高さは約40m。
真ん中のてっぺんにあるものはバラを示し、その下の棘のある皿のようなものは
太陽を示しているそうです。

近くに行ってみると、さらに地下に空間が見られます。

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Wikipediaによると、
「2000年の調査段階でも、未だ遺跡の1%程度しか完了していないと推定されている。
2014年現在、85%が未発掘とされる。」
とのこと。
この先もいろんなものが出てきそうですね。

エル・ハズネの中は、ヨルダン政府により、現在は中に入ることができません。
ガイドさんによると、直方体の空間があるだけ、とのことです。
写真のデジタルズームで撮影してみました。

IMG_0413.jpg

エル・ハズネがどういった目的・用途で立てられたかは、
いまだに謎に包まれているそうです。
建造時代は紀元前1世紀頃と考えられているそうです。

改めて、シーク側を振り返ってみます。

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何か、すごいところに都市を造ったもんだなぁ、と思ってしまいます。
先に進んでいきます。

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30代に突入した技術者。
趣味は旅行、駅ハイ。

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