青森へ(1日目:青森市内)(2/3)

三内丸山遺跡に向かいます。
三内丸山遺跡は、日本最大級の縄文集落跡です。
今から約5500年前~4000年前の縄文時代の集落跡で、
長期間にわたって定住生活が営まれていました、とのこと。

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ちょうどボランティアの方による、施設案内の時間ということで、
参加してきました!

施設内は、うっすらと霧が出ていて、ちょっぴり幻想的な風景が広がっていました。

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もともとは野球場を建設しようとしたそうです。
しかし、発掘調査していると、土器やら何やらが発見され、
一瞬にして、野球場建設は白紙撤回になったとか。

竪穴式住居。
竪穴式住居の様式もさまざまな学説があるそうです。
ボランティアのガイドとはいえ、確定されていない事実を
確定しているかのように話してはいけないということで、
○○○と考えられている、という言い方しかできないそうです。

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次は高床式倉庫。
高床式倉庫は、弥生時代から出現したとされてきました。
しかし、発掘調査から、高床式倉庫があったと考えられる結果が
出たそうで、復元されたそうです。

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次に訪れたのは、発掘した状態を水平面に切って残したものを展示している個所。

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捨てられた貝の中に、土器が見られます。
この土器は1歳未満で亡くなってしまったの子どもを入れて、
埋葬したものなのだそうです。
身近な生活用具である土器を使って子どものお墓としたそうです。

次は三内丸山遺跡のシンボルである、六本柱建物。
ガイドさんによると、確定しているのは、栗の木で作られた、6本の柱が建っていたことのみ。
間の床は存在していたのか、屋根はあったのか、は諸説あり、とのことです。
事実は地下に、地上には浪漫・・・。
どんなものであったかは、ご想像におまかせ、と話しておりました。

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この柱(正確には柱のあった穴)は、4.2m間隔で配置されているそうです。
4.2mとは、35cmの倍数で、ちょうど成人の肘から手のひらの手前までの
長さに相当するそうです。
つまり、縄文時代から測量の技術が存在した、ということです。

最後は一回り大きな建物。
大人数で住んでいたものと考えられています。

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柱は栗の木で作られています。
炭にすることで、強度があがるそうです。
縄文時代の人々もさまざまな生きる知恵を持っていたのですね。

その後は入口に戻るまで、ガイドさんと世間話をしていました。
この遺跡には、一般の方だけでなく、研究者までもが来るそうです。
そして、場合によっては、ボランティアのガイドさんが研究者に対して
遺跡の解説を行うのだとか。
いろいろと難しい質問が飛んできて、大変なのだそうです・・・。

また、この3連休の最後は、青函トンネルを通る特急列車の運行最終日を迎えます。
日本最後の寝台特急「はまなす」と新青森と函館を結ぶ特急「白鳥」と「スーパー白鳥」が
運転最終日を迎えます。
ガイドさんも「はまなす」の最終運行を見に行く、とおっしゃっていました。

今後は新幹線だけになるわけですが、現在、新青森-東京間は、
往復で約34,000円かかります。
以前は30,000円を切っていた、ということで、ますます人が来なくなる!
と地元の叫びとして訴えておりました。

遺跡の次は、併設されている「さんまるミュージアム」に行きます。
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30代に突入した技術者。
趣味は旅行、駅ハイ。

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